その日の朝のことは、妙にはっきりと覚えている。けたたましいインターホンの音で目が覚めた。モニターに映っていたのは、事務的な表情をしたスーツの男性と、数人の作業着姿の男たち。ついに、この日が来てしまったのだと悟った。ドアを開けると、男性は「裁判所の執行官です」と名乗り、一枚の書類を私に突きつけた。そこには「強制執行」の文字。私は、なすすべもなく彼らを部屋に招き入れた。私の部屋は、ゴミの山で足の踏み場もなかった。執行官は、そんな惨状にも顔色一つ変えず、淡々と「これから、この部屋にある動産を全て搬出します」と告げた。作業員たちは、まるでベルトコンベアのように、部屋の中にあるもの全てを外に運び出し始めた。飲みかけのペットボトルも、読みかけの本も、元恋人との思い出の写真も、母親の形見の小さな置物も。彼らにとっては、それらは全て「動産」という名の一つの塊でしかなかった。私は抵抗する気力もなく、ただその光景を呆然と眺めていた。自分の人生が、記憶が、一つずつ解体され、ゴミとして運び出されていくようだった。なぜ、こうなる前に行動しなかったのか。大家さんからの手紙を、なぜ無視し続けたのか。後悔の念が、津波のように押し寄せてきたが、もう遅かった。数時間後、部屋はがらんどうになり、壁のシミや床の傷だけが、私の怠惰な生活の痕跡として残されていた。執行官に鍵を手渡した瞬間、私は住む場所だけでなく、社会的な信用、そして人間としての尊厳、その全てを失ったことを、痛いほど理解した。空っぽになった部屋と私の心に、西日が虚しく差し込んでいた。