不動産オーナーの斎藤さん(仮名)にとって、所有するアパートの一室がゴミ屋敷と化しているという事実は、悪夢の始まりでした。入居者の佐藤さん(仮名)は、入居当初は真面目な会社員でした。しかし、ある時期から家賃の支払いが滞りがちになり、他の入居者から「佐藤さんの部屋から異臭がする」という苦情が寄せられるようになったのです。斎藤さんは、まず電話で佐藤さんに連絡を取り、状況の改善を優しく促しました。しかし、返ってくるのは「すぐにやります」という気のない返事ばかり。状況は一向に改善されませんでした。夏が近づくにつれ、悪臭はひどくなり、共用部にまでハエが飛ぶようになりました。他の入居者からは、「このままでは安心して暮らせない。引っ越しも検討している」という声まで上がり始めました。斎藤さんの心労はピークに達します。ゴミ屋敷は、建物の資産価値を著しく低下させます。床が腐り、柱が傷めば、その修繕費は莫大なものになります。何より怖いのは火災のリスクです。万が一、火事でも起きて他の部屋に延焼すれば、取り返しがつきません。他の真面目な入居者たちの安全と財産を守る責任が、斎藤さんにはありました。弁護士に相談し、法的な手続きに則って、何度も書面で警告を送りました。しかし、佐藤さんからの応答はありませんでした。これ以上、放置はできない。斎藤さんは、多額の訴訟費用と時間がかかることを覚悟の上で、ついに建物明け渡し請求訴訟に踏み切りました。それは、一人の入居者を切り捨てる冷たい判断ではありません。自らの財産と、他の多くの入居者の平穏な生活を守るための、苦渋に満ちた最後の決断だったのです。